おうちでおたる | 2024.05.05

小樽百景~小樽潮陵高等学校の資料より

小樽市総合博物館Facebookより

小樽潮陵高等学校の資料より

市民には「潮陵」と親しまれている北海道小樽潮陵高等学校は、市内で最も早く明治35(1902)年に創立された中等教育機関、庁立小樽中学をルーツとしています。創立時こそ市内の劇場を借用しての開校でしたが、同年暮れの校舎新築から一貫して、現在の場所で活動をしています。

そのため、本来であれば小樽の歴史に関する貴重な資料も多数所蔵していたはずですが、何回か火災で全焼という事態が繰り返され、断片的なものしか残されていません。

しかし、それでもまだまだ貴重な資料をお持ちで、一方、多くの卒業生、関係者から当館にも資料が寄贈されています。今日はその中から、普段はなかなかお見せすることのない資料を紹介します。

絵葉書  

最初は明治45(1912)年に発行された絵葉書です。

エンボス加工で「皇太子殿下行啓紀念」と入っています。ポイントはノート型にトリミングされた写真を持っているのがザリガニ、しかも二ホンザリガニであることです。

…ザリガニ?  

確かに現在希少種となっている二ホンザリガニは、潮陵高校近くの丘陵部をはじめ、小樽市内に数か所の生息区域があるのですが、「なぜ潮陵(樽中)にザリガニ」なのかが不明です。この絵葉書については、すでにザリガニ研究者の川井唯史も紹介していますが、理由については判然としません。行啓紀念という学校にとっても栄誉とされる記念になぜザリガニなのか?

ちなみにこの写真の「学校園」とは何かというと、現在、潮陵高校野球部が使用するグラウンドから和光荘にかけてにあった丘を、明治43(1910)年から生徒の手によって開墾、整備されたもので、『潮陵50年史』によれば、これも行啓に備えてのものでした。

卒業アルバムから  

小樽中学時代の卒業アルバムは、当館では断片的な所蔵となっています。その中で、昭和初期の部活動の記念写真の中に土器を中心に生徒と教師が撮影されているものが含まれています。

土器のうち、右側は縄文時代後期の深鉢、その前が「北海道式石冠」といわれたすり石と思われます。同じく『潮陵50年史』によれば、これは郷土研究を目的とした部活動「地人会」の写真と思われます。『50年史』によれば、余市大谷地貝塚での発掘調査も行ったとされていますので、これはその時の採集資料なのかもしれません。

お気軽にご相談ください!  

総合博物館所蔵の資料はすべてをお見せしているわけではないのですが、気になるテーマの調査などがありましたらお気軽にご相談ください。各分野の専門学芸員がご相談に乗ります。

潮陵高校の中にはまだまだ興味深い資料が眠っていると思われ、いつの日かそれを調査してみたいと考えています。なにかとんでもないものも埋もれている気がしています。

小樽市総合博物館

1956年創立。小樽の歴史と自然を紹介する運河館、鉄道と科学を紹介する本館があります。様々な企画展や講座、蒸気機関車の動態保存などの体験もできます。   【小樽市総合博物館】 ▶本館 047-0041 北海道小樽市手宮1-3-6 電話 0134-33-2523 ▶運河館 047-0031 北海道小樽市色内2-1-20 電話 0134-22-1258  ■HP→https://www.city.otaru.lg.jp/simin/sisetu/museum/ ■FB→https://www.facebook.com/otaru.museum/ ■mail→museum@city.otaru.lg.jp

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