博物館の変遷
運河館の旧館長室を整理したところ、移転当時の博物館の写真が出てきました。

左側にご注目ください。まだ小樽倉庫の名前が入った鉄扉が残されています。このことから、この写真は昭和60(1985)年に旧日本郵船小樽支店から旧小樽倉庫に当時の「小樽博物館」が移転開館してから平成2(1990)年に運河プラザおよび第二展示室が開館するまでの間に撮影されたことになります。
実はこの昭和60年の旧小樽倉庫への移転は「仮移転」でした。前身の「小樽市博物館」は、昭和31(1956)年に旧日本郵船小樽支店で創立されました。ところが、その重要性が認められ、昭和44(1969)年に国指定重要文化財となります。博物館時代には展示のための施設や改変があり、これを創建時の姿に戻し、補修を行う工事をすることになりました。

そこで、郵船の建物は重要文化財として建物を鑑賞していただく施設とすることになり、工事開始とともに博物館は移転先を探すことになります。
移転先として
その時、ちょうど小樽倉庫株式会社の本庫が移転することになり、当時小樽市が運河論争を経て整備した「歴史的建造物保全条例」の施行に当たり、市自らの歴史的建造物の保全を行うため譲渡を受けます。このタイミングで行先を探していた博物館の「新施設」の計画が実行されるまでの間の「仮移転」として使うことになり、現在の第一展示室の棟と事務・研究室の棟のみを使いオープンします。
おりしも、運河整備が終了し、小樽は「観光都市」として生まれ変わろうとしていた時期で、観光施設が未整備なまま、多くの観光客が運河を訪れることになります。その時、数少ない施設であった博物館は多くの来館者を集めることになり、運河傍の立地と、建物の歴史性から、自然を紹介する第二展示室を整備することになります。同時期に南半分は観光施設として使用することになり、運河プラザとなります。

運河の散策路や、プラザ前の広場などはすでに整備されていましたので、ほぼ現在の姿となるのが平成2年でした。ただ、背後には旧拓銀支店(当時は「オグラ」)がわずかに見えるだけで、明治末の光景とあまり変わりはなかったのですが、現在は周囲や背後に大きな建物が建ったため、この風景は見ることはできません。
このほかにも移転当時の雪下ろしの風景も見つかりましたが、これも瓦を葺き替えた現在は見ることができなくなりました。

当館の変遷だけでも小樽の街の移り変わりの一端の記録となります。今後も少しずつ変化する街の表情を記録していきます。
