神工園
昭和初期の小樽は、北日本随一の経済都市として活況を呈していました。この頃、郊外型遊園地「オタモイ遊園地」(主要施設の「龍宮閣」は昭和9(1934)年竣工)が完成していますが、同じ時期に、小樽の札幌側にも郊外型遊園地が完成しています。

張碓の国道トンネルを札幌側に抜けた右側、現在は採石場の一部となっています。

「神工園写真部」から昭和12(1937)年に出版された絵葉書には、国道を歩く女性が写っています。立地からみても国道ありきの施設はあきらかで、昭和9年の国道開通以降に、バスなどの自動車利用を前提に作られています。
忘れられた観光地
たくさんの写真や文献が残されているオタモイに比べ、神工園は当館でもこの絵葉書一組7枚だけ、記録は昭和30年にオタモイの復興をルポした新聞記事に「忘れられた観光地」として登場した程度です。

データ化作業が未了であった写真資料の中に、神工園入口の写真が含まれていました。最初の絵葉書の地点から200メートル余り札幌寄りの地点に小樽側からと札幌側からの二方向の入口があったことがわかります。

その後
神工園のその後ですが、太平洋戦争開始後に閉鎖されたようで、戦後、いわゆる「戦後入植」が行われましたが、耕作には向いていない土地であったことが、新聞記事にあります。

現在は道路拡幅のため、この写真の入口の場所は消滅し、内部にあった「蓬仙閣」と呼ばれる料亭もその場所は確認できません。
ありませんか?
ところでお願いです。この場所に令和6(2024)年まであったバス停「神工園」の写真をご提供いただけないでしょうか。国道で通過するたびに「次回撮影しよう」と思いながら、気づいた時には撤去されていたという失態をおかしました。神工園をしのぶ写真資料として、当館での使用を許可していただける写真がありましたらご連絡ください。
