博物館70年の歩み④学芸員による調査研究
地域研究者たちの尽力によって、開館、運営された小樽市博物館ですが、さらに充実を図るうえで、道内では釧路市郷土博物館の澤四郎氏らごく少数であった「博物館学芸員」を、昭和34(1959)年に配置します。

初代の学芸員であった竹田輝夫氏は考古学・人類学を専攻しており、資料の展示収集に加え、着任から精力的な調査研究を開始します。
積丹半島の洞窟遺跡調査
調査の対象は積丹半島、特に洞窟遺跡でした。積丹半島の考古学調査の対象とした理由は、すでに昭和31(1956)年に同志社大学によって泊村照岸遺跡、神恵内村観音洞窟において実施されており、この地域の洞窟遺跡が注目されていたこともその一つでしょう。

調査は昭和36(1961)年の古宇郡泊村の茶津2号洞窟と4号洞窟の調査を皮切りに、岩内郡共和町の発足岩陰遺跡、発足岩陰遺跡第2次調査、茶津4号洞窟第2次調査、昭和43年、古宇郡神恵内村神恵内観音2号洞窟と、逐次調査をすすめられました。

調査報告書
注目すべきことは、同志社大学の調査結果は学会発表のみであったのに対し、小樽市博物館はその翌年に調査報告書を刊行していることです。調査成果の還元、公開という地域博物館の使命が昭和30年代から行われてきたことになります。


小樽市博物館紀要
また、博物館が行った調査研究を公表するための出版物として、現在も「紀要」が発行されていますが、その『小樽市博物館紀要』№1がこの茶津洞窟の発掘調査報告書でした。

開館6年経過したこの時期は、博物館活動が本格化していった時期でした。
