戦前の奥沢、勝納
手塚庄太郎(1885‐1972)氏撮影の写真から、戦前の小樽の風景を紹介します。
手塚氏は仙台で生まれ、成人後、小樽郵便局などで勤務されています。そのころにカメラを趣味とされていたようで、寄贈された写真には出展歴やレンズ、印画紙などの情報が付されています。撮影年代がはっきりとわかり、この写真をもとに他の写真の年代推定が可能となる「標準資料」ともいえます。
農業地帯だった奥沢
現在の小樽では農業地域といえば市内西部の蘭島塩谷地区などが思い浮かびますが、かつて奥沢地区はサクランボの「水門」を生み出すなど、果樹などの栽培が盛んな地域でした。

大正末の写真で、山の形から現在の奥沢4丁目付近から勝納川付近をみたものと考えています。今は住宅街となっていますが、100年前は畑がひろがる農業地帯でした。
勝内川河口付近
勝内川河口付近は明治初年から、位置は変わりますが貯木場があり、多くの木材加工場が立ち並んでいました。

昭和4(1929)年撮影の作品です。勝納町河口付近は明治のころから原木の「木場」となっており、「埋立地」とあることから、現在のケーズデンキ付近と思われます。30年ほど前までは、製材工場などが多く稼働していましたが、現在は木場の痕跡を探すことは困難となっています。
当時の人々にとっては日常の風景を手塚氏は切り取っているのですが、このような「日常の風景」を丹念に記録していくことが地域の歴史の貴重な資料となっていきます。

